少年時代のプレスリーと、アメリカの銃文化
- 2014/09/22
- 11:56
先日、エルビス・プレスリーの生涯をたどったドキュメンタリー番組を見ました。
プレスリーが育ったアメリカ南部の雰囲気が感じられて面白かったですが、そのなかで少年時代にプレスリーいつも歌っていた歌の歌詞に非常に違和感のあるところがありました。
プレスリーは、子供の頃学校の行事や友人の前などで、いつも、オールドシェップという歌を歌っていたそうです。
この歌は、
子供が仲良くしていた犬がいて、ときには少年が溺れるところを救われたりして大変親密にしていたものの、犬がだんだん年老いて行って、やがてその死を看取る
というちょっと悲しい歌なのですが、犬が年老いて自分で歩くことも出来なくなり目も見えなくなってきて、獣医さんに、もう何もできることはないよ、と言われたとき、少年は、なんと自分の銃を取り出すのです。
もう元気にならないのが分かったところで、銃で殺そうということだと思います。
いくらなんでも弱った犬を殺すことはないじゃないか、と聞いていてびっくりしましたが、その後の歌詞では、この少年は、さすがに銃で犬を撃つことは出来ず、犬が老衰で死んでいくのを看取る、ということになっています。
この歌では犬は殺されませんでしたが、この歌詞からすると、もう元気にならない弱った飼い犬は銃で撃ち殺す、という文化・感覚がアメリカにはあるのだろうと思います。
歌詞の中に、”my gun"という言葉がありますが、子供が自分の銃を持っている、ということにも驚きます。
アメリカの銃規制が進まないことは理解しにくいところですが、この歌の背景の感覚はそれ以上に理解しにくい感じがします。
プレスリーが育ったアメリカ南部の雰囲気が感じられて面白かったですが、そのなかで少年時代にプレスリーいつも歌っていた歌の歌詞に非常に違和感のあるところがありました。
プレスリーは、子供の頃学校の行事や友人の前などで、いつも、オールドシェップという歌を歌っていたそうです。
この歌は、
子供が仲良くしていた犬がいて、ときには少年が溺れるところを救われたりして大変親密にしていたものの、犬がだんだん年老いて行って、やがてその死を看取る
というちょっと悲しい歌なのですが、犬が年老いて自分で歩くことも出来なくなり目も見えなくなってきて、獣医さんに、もう何もできることはないよ、と言われたとき、少年は、なんと自分の銃を取り出すのです。
もう元気にならないのが分かったところで、銃で殺そうということだと思います。
いくらなんでも弱った犬を殺すことはないじゃないか、と聞いていてびっくりしましたが、その後の歌詞では、この少年は、さすがに銃で犬を撃つことは出来ず、犬が老衰で死んでいくのを看取る、ということになっています。
この歌では犬は殺されませんでしたが、この歌詞からすると、もう元気にならない弱った飼い犬は銃で撃ち殺す、という文化・感覚がアメリカにはあるのだろうと思います。
歌詞の中に、”my gun"という言葉がありますが、子供が自分の銃を持っている、ということにも驚きます。
アメリカの銃規制が進まないことは理解しにくいところですが、この歌の背景の感覚はそれ以上に理解しにくい感じがします。
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